出世の石段〜愛宕神社
愛宕山は標高25,69メートルで23区内の最高峰である。
但し、高さだけなら人工の箱根山(新宿区戸山)の45メートルや、武蔵野台地での最高地点の練馬区南西端(関町4丁目の辺り)の約58メートルと倍くらい高いところはあるが、
「自然地形の山」での最高峰
というところに価値があるように思う。
しかも、ほぼ標高0メートルからの地点から山があるわけだから、丸々25,69メートル分の高さがそれなりに堪能できちゃうわけなのである。
愛宕山の山上はほぼ愛宕神社の境内だが、その愛宕神社の境内に向かって標高25メートル分の急な階段があるが、その階段は、通称
出世の石段
と呼ばれている。
これは、徳川三代将軍の家光が坊ちゃん特有の我儘振りを発揮して山上の梅の枝を誰か馬に乗って取ってこいと余計なことをほざいちゃったもんだから、何人か挑戦したものの全員不首尾に終わってしまったため、翌日、丸亀藩士の曲垣平九郎盛澄が取って来ると自ら申し出て、見事に紅梅白梅と一枝づつ持ち帰ったので、家光は名刀一振りを与え馬術の名人と褒め称えたことに由来するという。
だから、キムタクが全力坂のスペシャルで駆け上がったからでは決してないのである。
山の下から鳥居越しに見上げる出世の石段。
ここから見ると大したことのないように思える。
山下の鳥居を潜って石段の全貌を見る。
ここから見た限りでもまだまだ大したことのないように見える。
ところが、石段の真下から見上げると、馬に乗ってどころか普通に歩いて上るだけでも危険を感じる勾配になっているのがわかる。
こんなところを馬に乗って駆け上がれという家光も相当な大バカヤローだが、曲垣平九郎の相当な根性にも感服せざるを得ない。
正直、ここを駆け上がったキムタクも大したもんだと思う。
ひいひい言いながら階段を上りきって、下を見下ろすと急勾配に肝を冷やす。
体力に自信のない人や安全に参拝したい人は、石段の右側にある緩やかな女坂を上っていくことをおすすめ。
厳しい急勾配の男坂を上りきると愛宕神社の境内に。
樹木が豊かに生い茂り、都会の喧騒を忘れさせてくれる。
境内にある池も神域にいることを感じさせられる雰囲気が漂っていて、最近の流行り言葉で言えば「パワースポット」的な雰囲気を感じることができる。
池のほとりを散策しているとここを離れ難い気分になってくるのであるが、それは神域に漂うその不可思議で濃密な雰囲気が原因なのではないかと思えてくるのである。
しかし、とか何とか言っちゃってもこれはちょっとどうしたもんかと、、、
↓
自分は曲垣平九郎のところに顔を入れて、部下に馬の顔に入れさせちゃう理不尽上司が続出してんじゃねーの?
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但し、高さだけなら人工の箱根山(新宿区戸山)の45メートルや、武蔵野台地での最高地点の練馬区南西端(関町4丁目の辺り)の約58メートルと倍くらい高いところはあるが、
「自然地形の山」での最高峰
というところに価値があるように思う。
しかも、ほぼ標高0メートルからの地点から山があるわけだから、丸々25,69メートル分の高さがそれなりに堪能できちゃうわけなのである。
愛宕山の山上はほぼ愛宕神社の境内だが、その愛宕神社の境内に向かって標高25メートル分の急な階段があるが、その階段は、通称
出世の石段
と呼ばれている。
これは、徳川三代将軍の家光が坊ちゃん特有の我儘振りを発揮して山上の梅の枝を誰か馬に乗って取ってこいと余計なことをほざいちゃったもんだから、何人か挑戦したものの全員不首尾に終わってしまったため、翌日、丸亀藩士の曲垣平九郎盛澄が取って来ると自ら申し出て、見事に紅梅白梅と一枝づつ持ち帰ったので、家光は名刀一振りを与え馬術の名人と褒め称えたことに由来するという。
だから、キムタクが全力坂のスペシャルで駆け上がったからでは決してないのである。
山の下から鳥居越しに見上げる出世の石段。
ここから見ると大したことのないように思える。
山下の鳥居を潜って石段の全貌を見る。
ここから見た限りでもまだまだ大したことのないように見える。
ところが、石段の真下から見上げると、馬に乗ってどころか普通に歩いて上るだけでも危険を感じる勾配になっているのがわかる。
こんなところを馬に乗って駆け上がれという家光も相当な大バカヤローだが、曲垣平九郎の相当な根性にも感服せざるを得ない。
正直、ここを駆け上がったキムタクも大したもんだと思う。
ひいひい言いながら階段を上りきって、下を見下ろすと急勾配に肝を冷やす。
体力に自信のない人や安全に参拝したい人は、石段の右側にある緩やかな女坂を上っていくことをおすすめ。
厳しい急勾配の男坂を上りきると愛宕神社の境内に。
樹木が豊かに生い茂り、都会の喧騒を忘れさせてくれる。
境内にある池も神域にいることを感じさせられる雰囲気が漂っていて、最近の流行り言葉で言えば「パワースポット」的な雰囲気を感じることができる。
池のほとりを散策しているとここを離れ難い気分になってくるのであるが、それは神域に漂うその不可思議で濃密な雰囲気が原因なのではないかと思えてくるのである。
しかし、とか何とか言っちゃってもこれはちょっとどうしたもんかと、、、
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自分は曲垣平九郎のところに顔を入れて、部下に馬の顔に入れさせちゃう理不尽上司が続出してんじゃねーの?
JUGEMテーマ:日記・一般
- 2010.06.28 Monday
- 港区を歩く
- 00:48
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- by ジョニー大倉山