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「奇跡の団地」阿佐ヶ谷住宅〜阿佐ヶ谷

地下鉄丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅からブラブラ歩いて約10分の距離に、昭和33年に日本住宅公団が建設した阿佐ヶ谷住宅という古い団地が残っている。

阿佐ヶ谷住宅は団地という言葉がイメージする集合住宅群とはひと味違っていて、敷地の中央に集まっている鉄筋コンクリート製4階建て集合住宅タイプ(3階建てもあり)118戸の周囲を、メゾネットタイプのテラスハウス232戸が囲むような形で配置されている。

しかも、敷地は余裕たっぷりに取られているために圧迫感は全然なく、豊富な緑や桜や紫陽花といった四季折々の花が目を楽しませてくれるので、東京23区内にあることが信じられないような環境になっている。

しかし、築50年以上と老朽化は否めず再開発の話が以前から持ち上がっているのであるが、団地側の示した計画と周辺住民との間で調整が難航しているため、計画はなかなか進まないらしい。

ちなみに、記事タイトルの「奇跡の団地」というのは阿佐ヶ谷住宅が主題の「奇跡の団地」阿佐ヶ谷住宅という書籍のタイトルから勝手に拝借したものなのである。


阿佐ヶ谷住宅20100717-1

阿佐ヶ谷住宅のランドマークとも言うべき給水塔。南阿佐ヶ谷駅方面からやってくると真っ先に目につく。

阿佐ヶ谷住宅20100717-2

赤い屋根が特徴的なテラスハウス。真夏の青い空に映える色だ。

阿佐ヶ谷住宅20100717-3

住人が退去した住居にはベニヤ板を貼って外部からの不心得者に荒らされないように工夫されている。

阿佐ヶ谷住宅20100717-4

各棟の番号はペンキではなくタイルで表示されているのが、ちょっと小洒落ている。

阿佐ヶ谷住宅20100717-9

テラスハウスと給水塔。ちょっとシュールな光景である。

えっ?シュールって何だって?

バッターの胸元を抉る変化球ですよ←それはシュートだろっ!

阿佐ヶ谷住宅20100717-5

阿佐ヶ谷住宅の中央に位置する広場。充分な敷地が取られている上、緑も豊富だから団地特有の無機質さはあまり感じられない。

阿佐ヶ谷住宅20100717-6

周囲に高層な建物がほとんど見られないため、道路の先には畑や田んぼがあるんじゃないかという錯覚を起こす。

阿佐ヶ谷住宅20100717-8

この写真に至っては、フランスの片田舎のような雰囲気が感じられる。

南フランスのちょっと古びたコテージだと言って写真を見せてもだまくらかせそうな気がする。

阿佐ヶ谷住宅20100717-7

こちらは阿佐ヶ谷住宅の敷地に沿った場所にあった長屋型の店舗。

阿佐ヶ谷住宅に負けず劣らず味わいのある建物だが、こちらも老朽化は激しく、手前のラーメン屋は閉店してから相当な時間が経っているものと思われる。

阿佐ヶ谷住宅20100717-10

丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅から阿佐ヶ谷住宅に向かう途中にある趣きのある小径。


以下、阿佐ヶ谷住宅徘徊動画。













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スターな団地〜荻窪団地

老朽化が進んで建て替え工事中の荻窪団地にスターハウスが一棟残っている。

「スターハウス」というのは「星型住宅」ともいい、団地の景観にアクセントをつけるための「ポイントハウス」の一種で1956年から建設されたが、

そのややこしい形状が祟って

コストがかさんだため、1964年を最後に建設終了となったのだが、今でも西東京市のひばりが丘団地や松戸市の常盤平団地等に僅かながら残存している。

コスト増大で大量には建設されなかったスターハウスではあるが、遊びのある形状が惜しまれて先述のひばりが丘団地や大阪の春日山団地では住居としてではなく別の用途で保存が決定されたというから喜ばしい。

荻窪団地20100605-1

荻窪団地の東側にある一般的な造りの団地。

一番手前の建物の右側に一棟だけ「スターハウス」が残っている。

以下、2枚目から6枚目まで北側から時計と逆回りにご紹介。

荻窪団地20100605-2

唯一の入り口がある北側。陽当りに難があるため北側に設置したと思われる。

荻窪団地20100605-3

陽当り的には一番損な西側。しかし、ベランダは西南に向いていて開放的だから意外に快適かもしれない。

しかし、下の写真で確認するとベランダが小さいので不便そうに見える。

荻窪団地20100605-4

こちら側は一日中明るく過ごせる快適な南側。ベランダも広め。

荻窪団地20100605-5

東側は西側と同じくベランダが小さいのが難。

荻窪団地20100605-6

一周回って北側に戻る。

荻窪団地20100605-7

スターハウスすぐ西側にある建物。

「もやもやさまぁ〜ず」にも登場。

荻窪団地20100605-9

「もやもやさまぁ〜ず」で、さまぁ〜ずと大江麻理子が野球をして遊んでいた広場。

荻窪団地20100605-11

建物の裏側の廊下部分。とても住居には見えず、工場のような愛想のない武骨な表情をしている。しかし、そこも荻窪団地の魅力の要素のひとつでもある。

また、「もやもやさまぁ〜ず」ではこの裏手から荻窪団地へと歩を進めていた。

荻窪団地20100605-12

一枚上の写真の一番左の角の部分。向こう側にフォークリフトやトラックが忙しく働いていそうな錯覚を覚える。

荻窪団地20100605-10

歩道と緑地の境の縁石。丸い石は「ギャートルズ」の石のお金のよう。

荻窪団地20100605-13

荻窪団地バス停近くにあった団地の航空写真。激しく見づらい。

赤線枠内にあったスターハウス二棟は残念ながら既に取り壊されている。

大きな地図で見る


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西郊ロッヂング〜荻窪

荻窪に西郊という古い旅館がある。西郊は日観連加盟の旅館で創業1916年3月という大変な老舗なのだが、大変失礼なことに高校生だった頃の自分と自分の仲間達は、こともあろうに西郊を毛色の変わったラブホテルだと誤解していた。

記憶を辿ると確かに高校生の頃の自分は充分に立派なバカだったが、吉祥寺の近鉄裏や井之頭公園裏の怪しげなホテルと老舗の西郊を同一視してたなんて、そのロクでもないバカヤロー振りを思い起こすと慄然とし、赤面せざるを得ない。

おまけに、西郊の看板の文字が右から書かれていたため、「郊西」と思いこむという大失態をやらかしていたんだから

筋金入りのバカ

と言っても過言ではないのであった。

荻窪西郊20100501-1
【2000年以前の看板は「西郊」のみで2000年以降「西郊ロッヂング」が復活】

話が思いっきり横道に逸れてしまったが、日観連のサイトによると上記のように「1916年創業」と記してあるが、色々と調べてみると荻窪での創業(下宿屋として)は1931年(昭和6年)で、それ以前は本郷で下宿屋をしていたが関東大震災を契機として荻窪に移転してきたという事情があったらしい。

荻窪移転後の1938年(昭和13年)には「西郊ロッヂング」の看板がある新館が増設され、1947or1948年(昭和22or23年)には本館をビフォー・アフターして下宿屋から和風旅館へと転身したが、2000年には賃貸アパートとして築62年の新館部分(現在は築72年)をビフォー・アフターしたそうだ。

荻窪西郊20100501-2
【旅館側の入り口。1番目の写真の左側にある】

下宿屋から旅館へ転身するときには、屋号も「西郊ロッヂング」から「西郊」へと変えてしまったのだが、今度は2000年に新館を内部だけビフォー・アフターして賃貸アパートにしてしまうときに、賃貸アパート限定で再び「西郊ロッヂング」という昔の屋号を復活させちゃって、

雰囲気作りは大成功

となった模様。

ちなみに、西郊はポーランドの放浪のバイオリニスト、ヤレック・ポヴィフロフスキ氏が日本を訪れるときは必ず立ち寄る定宿となっている。


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