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心霊スポット風派出所〜浅草

浅草の浅草寺境内に廃墟系心霊スポット風派出所がある。

廃墟系心霊スポット風派出所は浅草警察署の観音前警備派出所というレッキとした派出所なのだが、どうやら警察官が詰めているのは日中だけらしく、夜は閉じられている。

日中に派出所を眺めてみると、浅草という土地柄にマッチしたレトロ調な趣きも感じられちゃう古びた建物で、二階の窓には格子風の枠と、屋根なんぞには申し訳程度に瓦風な物体なんかが取り付けられちゃった、お役所仕事風な匂い漂う和洋折衷的派出所として鎮座ましましやがっているのである。

観音前派出所20110806-1

「警察官」というよりも、「おまわりさん」というイメージの人が詰めていそうな柔らかい雰囲気の感じられる派出所。

観音前派出所20110806-2

青空を背景にした白い壁の派出所は平和そのもの。

トラブルが発生しても、酔っ払ったおじさんが保護されたりとか、近所の夫婦喧嘩の仲裁くらいで、凶悪な事件とは縁がなさそう。

観音前派出所20110806-3

城下町とか小京都辺りの観光地にあっても違和感のない佇まい。

どこかの観光地ではこの系統の建物のトイレを見かけたような気もする。

観音前派出所20110730

そんな下町人情風派出所も夜に訪れると穏やかな日中とは様相は一変し、おどろおどろした不気味な雰囲気を醸し出して、廃墟系心霊スポット風の佇まいにも見えないこともない。

しかし、画像ではそんな不気味な雰囲気の派出所も、実際の現場はそれなりに人出があるので、チューハイ片手にうろついてるオッサンや、がやがやしたグループや、心理戦を展開しているカップルのおかげで、ピンポイントで派出所を見ない限り「心霊スポット」的な気分を味わえないという難点もあるのであるが、あくまで「廃墟系心霊スポット風派出所」という視点で楽しむことが肝要な気がするのである。

もっとも、浅草寺境内ということを考えれば雰囲気を味わうのもいい加減にしないと罰が当たりそうなので注意に越したことはないだろう。

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和紙の老舗黒田屋本店〜浅草

浅草雷門の右横に黒田屋本店という和紙の専門店がある。

黒田屋本店は江戸時代の安政三年(1856年)創業で、155年の歴史を誇る老舗としても知られている。

取り扱っている和紙は3000種類以上と豊富で、和紙以外にも千代紙や扇子、風鈴等の和雑貨も豊富に取り揃えているので人気が高く、観光地という土地柄もあって外国人観光客の姿も多く見かけられる。

ただ、店舗は三階建てのビルなので老舗としての趣きに多少欠ける気もしないでもないが、ショウウィンドウの飾り付けや簾等で「和」の雰囲気は充分滲み出ているように思える。

雷門と黒田屋

雷門の真横に店舗を構える黒田屋本店。

浅草黒田屋本店

店舗はビルだが、木製看板や簾が雰囲気作りに貢献している。

ビル自体も長年の風雨に晒され渋い味わいが出てきてるような気もしないでもない。

ちなみに、前川つかさの漫画「大東京ビンボー生活マニュアル」の第15話「月見れば」に登場する黒田屋は非常に渋い佇まいで描かれていた。

黒田屋の風鈴

この時期は江戸風鈴も多数揃い、店頭で涼やかな音色を奏でている。

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弁天池と二つの大震災〜吉原

大正12年(1923年)9月1日に発生した関東大震災において、吉原の遊郭で死亡した500人を超す遊女は、その大多数の490人が吉原の弁天池で亡くなったという。

吉原は遊女の逃亡を防ぐために出入り口が大門のみという構造にしてあるため、大震災によって発生した大火災から逃れようとした遊女達が逃げ惑い、次々と弁天池に身を投じるような形となって命を落としてしまったらしい。

弁天池は昭和34年(1959年)に吉原電話局の建設の際に殆どが埋め立てられて下の画像のような小さな池になってしまったが、300年前に日本橋から吉原の遊郭が移転してくる際に湿地を埋めたと伝えられているので、元々はかなり大きな池だったようだ。
(こちらのブログに関東大震災時の弁天池の画像あり→SACの部屋

弁天池0313-3

吉原電話局建設のために埋め立てられてしまった弁天池は、現在ではたったこれだけの小さな池になってしまった。

弁天池の看板

ネットを被せてあるのは、不心得者が金魚や鯉を勝手に持ち出すためのようだ。

弁天池0514-3

看板には金魚云々と書いてあるが、多くの鯉が泳いでいて人面魚っぽい鯉も何匹か確認できる。

その関東大震災から88年後の2011年3月11日に発生した東日本大震災では、現在では吉原神社の一部となっている弁天池の燈籠が三基とも傾いて、そのうち一基は完全に倒壊という事態に陥ったが、逆に言えばその程度で済んだのも大正15年に建立された大震火災殃死(おうし)者追悼記念碑という辞書を引かなきゃ読めない慰霊碑で慰撫された遊女の霊が犠牲者の発生を抑えたのかもしれない。

弁天池0313-1

大震災発生二日後の3月13日の弁天池の燈籠。

弁天池0313-2

大正15年に建立された大震火災殃死(おうし)者追悼記念碑。

築山の上に立つ観音像とともに、訪れた際には静かに手を合わせ祈りを捧げたい。

弁天池0514-1

大震災発生約二ヶ月後、弁天池の敷地を通りから撮影。

完全に倒壊してしまった燈籠は撤去され姿が見えない。

弁天池0514-2

残りの二基は復旧され元の姿に。

吉原神社

弁天池を管理する吉原神社。その歴史や位置付けから考えると意外にこじんまりとした印象を受ける。

吉原神社は明治5年に玄徳稲荷大神、明石稲荷大神、開運稲荷大神、榎本稲荷大神、九郎助稲荷大神の五つの稲荷社を明治8年に合祀し、関東大震災後には吉原弁財天を合祀して現在に至り、浅草七福神に数えられている。

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美女だらけのパワースポット今戸神社〜浅草

4月の24日に山谷の玉姫神社の「靴のめぐみ祭り市」に行った帰りにブラブラと浅草方面に向かって歩いていたら、たまたま今戸神社の前へと出た。

今戸神社は近年のパワースポットブームで脚光を浴びて、縁結びの神様として若い女性に絶大な人気を誇っちゃっているので、次から次へと若い女性が訪れる。

僕は今戸神社の前で地元の歴史愛好家のおじさんに捕まって話を聞いていたのだが、その間にも若い女性がどんどん訪れる。

しかも、

美女が多い

ので驚く。

アド街の「(特集の街名)コレクション」だったら、歴代1位間違いなしってほど多い。

あれだけ、テレビや雑誌で縁結びの神様として取り上げられたら若い女性もたくさん訪れて、たくさん来りゃあ当然美女だって多いだろうとは思うけど、他のパワースポットより格段に華やかさがあるのもまた事実だから、ある種のパワーがあると言ってもいいんじゃないのかと思う。

何かしらのパワーがなけりゃ多くの若い女性なんかそうそう集まらないだろうし。

つーか、男どもよ今戸神社に来てこの光景を見てみやがれと、チャンスを逃すんじゃねーぞと思う。

今戸神社

パワースポットという言葉に説得力がある今戸神社。

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泪橋の向こう(2)日本堤地区〜山谷

前回歩いた山谷東側の清川地区から、吉野通を挟んだ山谷西側の日本堤地区の様子をご紹介。

寝込み注意

浅草署日本堤交番(旧マンモス交番)から吉野通に沿って20メートルほど南側に歩くと

「危険!!歩行者の寝込み飛び出し横断に注意」

の看板と遭遇。

山谷の住人は吉野通を信号から渡るなどというまだるっこいことはせずに、渡りたいところから自由気ままに横断するというバイオレンスな習性があるため設置された模様。

過去(現在という噂もある)には、自分から車に当たりにいく過激なおじさんも存在したというから恐ろしい。

アクセラ1

しかし、そんなバイオレンス感溢れる山谷の街にも、ドヤから転身した小奇麗なホテル「アクセラ」が登場して浮きまくっている。

アクセラ2

ドヤ街の雰囲気さえ気にならなければ、都心へのアクセス良好な立地で一泊3350円という格安料金のためビジネスマンの出張や地方からの観光客、海外からのバックパッカーに愛用されているそうだ。

もっとも、風呂やトイレ等の水回りは共同で、広さも三畳ほどに抑えているのでこの値段での提供が可能になっているということらしい。

カフェバッハ1

上記の「アクセラ」以上に山谷では異質な存在の

「カフェバッハ」

2000年の沖縄サミットでコーヒー嫌いのクリントン元アメリカ大統領がお代わりをしたという逸話を持つ、「バッハブレンド」を味わうことができる。

カフェバッハ2

4月24日は、9日のアド街で紹介された上に、玉姫神社の「靴のめぐみ祭り市」当日だったため入店待ちの客が出るほど盛況だった。

タカラ酒場

そんなカフェバッハの三軒隣にあるのは、昭和の風情が濃厚に漂う「タカラ酒場」。

山谷の居酒屋でありながら、祇園の料亭並みに「一見さんお断り」感が漂っちゃっている。

山谷-5

山谷のドヤの建物はどれもこれも個性に満ち溢れて存在感を誇示している。

この「あかぎ荘」の建物は外見上は2階建てとなっているが各フロア(つっても2階しかないけど)に2層の窓が設置されているというカプセルホテル風の部屋が想像される造りとなっていて、建設当初から時代の先端を疾走していたことが想像されちゃうのである。

山谷-6

ドヤ街の住人が貴重品を安心して管理するにはコインロッカーの存在は欠かせない。

それ故、コインロッカーの需要も当然あるのだが、

名前をよく見りゃ、

プリンス

プリンスコインロッカーというエレガンスなお名前。

パレスハウスといい、ここといい、名前負けも甚だしいとしか言いようがない。

きぬ川

吉野通の旧マンモス交番といろは会商店街の途中には、孤独のグルメに登場した食堂「きぬ川」がある。

いろは会

「きぬ川」といろは会商店街の間にある野田屋という酒屋の前では通常は昼間から山谷の住人のおじさん達が酒盛りをしているが、この日(靴のめぐみ祭り市当日)は何故かビールケースとロープで酒盛りよけが講じられていた。

もっとも、薬局の向こう側におじさんが一人ぶっ倒れていたから、そこら辺に関しては、山谷の通常の光景が展開されていたと言えよう。

山谷-15

いつもの野田屋前はこんな感じでおじさん達が酒盛りをしている。

何故、アーケードの中から望遠で撮ったのかというと、近くで撮ったら

ブッ飛ばされる

からなのである。

山谷-14

ちなみにこのアーケードの「いろは会商店街」は、2010年11月26日〜28日に開催された

「第1回あしたのジョーのふるさと祭り」

のメイン会場となっていたのだが、第2回が開催されるのかどうかは極めて怪しいように思える。

山谷-16

東西約300メートルに及ぶ、いろは会商店街は野田屋側の東側と吉原側の西側の二つのアーケードで構成されているが、吉原側の方は比較的シャッターの開いている商店が目立ち、その中でも柴田商店は古色蒼然たる趣きが滲み出ていて異彩を放っているというか、馴染んでいるというか、兎に角、何かいい感じなのである。

山谷-17

吉原側入り口近くにある豆腐屋さん。

まだまだ、下町では昔ながらの豆腐屋さんが健在なのが嬉しい。

子供の頃、お使いで鍋を持って豆腐を買いに行ったことを思い出すが、最近の子供たちも鍋を持ってお使いに行くのだろうか?

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泪橋の向こう(1)清川地区〜山谷

山谷と言えば危険なドヤ街というイメージが定着していたが、最近はドヤ街の住人の高齢化と、外国人バックパッカーやビジネスマンが安宿を求めて都心へのアクセスに便利な山谷に集まってくるようになったので、昭和の頃のような過激なイメージは薄れてきている。

もっとも、昼間から座り込んで酒を飲んだり、路上で寝ているオジサンも相変わらずいるのではあるが、ジロジロ見たり、レンズを向けたりというような刺激さえ与えなければ人畜無害と言ってもいい。何せ、日中の表通りなら若い女の子が平気で一人歩きしているぐらいだから。

但し、山谷住人が集まっているようなスポットに限っては注意をすることに越したことない。真っ昼間っから酒をかっくらってる人間が固まってりゃ一般の普通の人間だって騒ぎを起こしかねないんだから、山谷ならなおさら気をつける必要はあるだろうとは思う。

年老いたとはいえ、元々はキツい労働をこなしていた屈強なオジサン達だし、荒くれ者と呼ぶに相応しい過去を持った人だって少なくはないわけだから。

というわけで、今回は泪橋交差点から南へ向かう吉野通の東側地区の様子を、次回は吉野通西側の日本堤地区の様子をご紹介しようと思う。

泪橋-1

明治通り(右から左)と吉野通(手前から奥)が交差する泪橋交差点。吉野通の向こうには建設中のスカイツリーが見える。

「泪橋交差点」とはいうものの実際の泪橋は明治通りの少し北側の南千住寄りに流れていた思川(現在は暗渠化)の上に架かっていたそうで、「あしたのジョー」が連載された当時には既に泪橋は無く、思川も暗渠化されていたそうだ。

しかし、ネットで検索をかけると思川は明治通りの下で暗渠化されていて、泪橋は泪橋交差点に架かっていたという記述が殆どなのであるが、

荒川区史跡案内

荒川区教育委員会が設置した史跡・文化財の案内板には「明治通り北側に沿って流れ」という記述があるので、少なくとも明治通りの下で暗渠化ということはないのではないかと思われちゃうんだけど、どうか?←誰に尋ねてんだよ!

泪橋-2

泪橋交差点にあるセブンイレブンは

「世界本店」

などという。

セブンイレブンの世界本店というわけではもちろんなく、ドヤ街住人御用達の世界本店という気宇壮大な名前の立ち飲み屋がセブンイレブンに転身して、名前だけ残ったということらしい。

泪橋-3

泪橋交差点から明治通りを東に少し歩いたところにある泪橋歩道橋の上には、何故か寝床があるというシュールな状況が提示されているのである。

いったい、雨の日はどうしているのかちょっと気になる。

泪橋-4

泪橋歩道橋から泪橋交差点方向へと戻る明治通り南側に連なるドヤ。

個室三帖が売り(?)の泪橋ホテルなんていうイカしたホテル(?)もある。

山谷-1

ここら辺の宿は2000円から2300円くらいの料金設定になっている。

都の生活保護の住居手当の上限が一日2300円ということから、そのような設定になっているらしい。

山谷-4

泪橋交差点を吉野通沿いに南下し山谷の中心地区に向かうと登場する飲み屋。昼間から繁盛しているが写真を撮った時は客が少ない方で、道路に倒れこんでいる酔っ払いが2,3人いるような状況でもあくまで日常の範疇の光景なのであるから困ったもんだ。

山谷-18

泪橋交差点と上の写真の飲み屋との間にあるパレスハウスという名の4階建ての豪華な(名前の)ドヤ。

山谷-7

パレスハウスからの路地を入ると山谷唯一のパチンコ屋あたり屋の前に出る。

その横にある食堂の「厚生食堂」という名前がすごい。名前の由来は何なのか非常に気になる。やはり、思想的な背景があるのだろうか?

この厚生食堂の少し先の右側にある路地を覗くと、住人がたくさん集まっていることがあるので意表をつかれてビックリする。

山谷-8

厚生食堂前をさらに進むと、年代物の「寿々本旅館」が登場。

この壁の汚れというか黒さは相当な年季を経ないと出ないのは一目瞭然だ。

山谷-9

ドヤ街から見るスカイツリー。左側には新築の小奇麗なマンションが聳え立つ。

右側のドヤの連なりと左側の新築マンションとスカイツリーの対比が歪(いびつ)というか奇妙な印象を与える。

山谷-10

新築マンション南側にある「いなり屋」は、テレビ東京「空から日本を見てみよう」のナレーターくも爺(伊武雅刀)の好きそうなもじゃハウス。

しかし、よく見ると2階のベランダ(?)の真ん中辺りが歪んで陥没している。

東北大震災後に気になって見に行ったら、何の影響もなくそのまま建っていたので思わず感心。

ここに限らず、山谷のドヤ街は表面的には大きな影響が無かったのだから驚く。

山谷-11

毎年、4月と11月には「靴のめぐみ祭り市」が開催される玉姫稲荷神社。

隣にはホームレスで犇めく玉姫公園があって普段は近寄りがたいが、祭りは靴の安売りもあるので一般市民も安心して訪れるのである。

しかも、

「巫女ガールズ」

なんていう怪しいアイドル(?)もやってきて彩りを添えちゃうらしいから、多少の「アキバ化」された山谷が楽しめるとも言えちゃうのであるかもしれないけど、どうなんだろう?←今年は確かめに行けよ!

山谷-13

その玉姫稲荷神社の北隣にある玉姫公園。

「あしたのジョー」でもジョー達のランニングコースに入っていた「メジャー」な公園だが、ご覧の通りホームレスの住処としても「メジャー」になっているのである。

ここはとにかく、ホームレスのおじさん達が鋭い目で辺りを睥睨していることが多いのでなかなか正面切って撮影するのは難しいので要注意。

山谷-12

その、ホームレスで溢れる玉姫公園のすぐ西側の、廃校になった中学校跡地に出来た新築マンション。

山谷で一番ピリピリした雰囲気の玉姫公園の隣に、普通の一般家庭が入居するマンションが出来るのもご時勢なのかもしれないが、購入した人達は何を決め手にしちゃったのだろうか?



泪橋から山谷を歩いた動画。

泪橋交差点→明治通りを東進→泪橋歩道橋を渡る→明治通りを戻る→泪橋ホテル→泪橋交差点→吉野通を南へ→パレスハウス前から山谷東側のドヤ街を撮影→紀伊国屋旅館前信号­を渡る→吉野通を戻る→山谷交番・野田屋(酒屋)・きぬ川(孤独のグルメに登場した食堂)・いろは会商店街前→吉野通の向こう側の立ち飲み屋ズーム中に間違えて妙なとこ押して終了という流れ。

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アサヒビールの猫〜吾妻橋

アサヒビールの例のオブジェ、そう、ウ○コと悪態つかれる例のアレ。

アレって後ろから見ると



に見えることを発見。

アサヒビール20100403-1

うずくまってる猫を後ろから見るとこんな感じになる。

アサヒビール20100403-2

さらに角度を変えて見ると、縁側でうずくまってうたた寝をしている猫に見えてくる。

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浅草駅の細〜いホーム〜浅草

東武伊勢崎線浅草駅2番線ホームの先端は異常に細い。

先端も細いが、その先端に行く途中には幅30センチほどの危険地帯もあって油断がならない。

浅草駅20100402-1

どんどん狭くなる2番線ホームの先端。

これは非常に危険だ。

浅草駅20100402-2

しかし、その途中には幅30センチほどの極細地帯が立ちはだかる。

当然のことながら、「電車進入・進出時の通行はおやめください」との注意書きがある。


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オブジェの裏側〜吾妻橋

「富士山の裏側」

な〜んてことを山梨県で言ったりなんかしちゃうと、

「こっちが表です!!」

とか、

「富士山に裏も表もありません!!」

とか

「樹海に置いてっちゃろか?」

とか言われて(最後はウソだよ〜ん)、山梨の人に激怒なんかされちゃう。

同様に、日本海側の地方で

「裏日本」

なんて、のたまっちゃったりなんかしちゃうと、

「裏とは何ですか?裏とは!?」

と、やっぱり激怒されちゃう上に、

「哀しみ本線日本海」

をフルコーラスで聴かせられちゃう(一箇所ウソがあります)。

しかし、吾妻橋のアサヒビール本社ビル隣の「スーパードライホール」屋上のオブジェは裏と表がハッキリしている。

どっちが表でどっちが裏かと言うと、んなこたあ、そこら辺を歩いている小汚いクソガキだって知っている。

表が浅草から見えるほうで、裏が浅草から見た裏側だっちゅーの♥(古過ぎるな、、、)つーことは。

つーわけで、裏から見ると

アサヒビールのオブジェ

こうなっちゃってて、下から見上げたりなんかすると、

アサヒビールのオブジェ2

こうなっちゃってたりなんかしちゃってるわけだ。

だから何だ?なんて言われたりなんかしても、

「何でもないッス。」

としか言いようがないわけなんだな、これがまた。

サラダ記念日〜田原町

「サラダ記念日」でお馴染みの俵万智が、華々しいデビューで注目を集めていた頃、出身地の

福井の「田原町駅」

をバックにした写真が週刊誌で掲載されていたことがあった。

よくもまあ、

くっだらねーダジャレを

一流週刊誌ともあろうものが堂々と載せやがったなあと思ってたけれど、

東京にも「田原町駅」

が存在しちゃったもんだから、

ムニャムニャムニャムニャ、、、、、、、

銀座線田原町駅
【銀座線田原町駅】

銀座線田原町駅2
【しっかりと「たわらまち」と書いてある】

サラダ記念日
【サラダ記念日の表紙】

僕が持っている「サラダ記念日」の奥付けを見ると、

一九八七年五月八日初版

一九八七年七月十七日三十版

となっていて、たった二ヶ月半で三十版という短歌の本の売り上げとしては驚異的な売り上げを上げたのがわかる。

そりゃあ、

筒井康隆も「カラダ記念日」

なんてパロディ出しちゃいやがんのも納得だっつーの!

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