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聖橋からの眺望〜御茶ノ水聖橋2011/01/09

2011年1月9日の聖橋からの眺め。

聖橋からの眺め。 #tokyo聖橋からの眺め。 #tokyo posted by (C)junzou73

神田川を中心にJR中央線、総武線、東京メトロ丸の内線が交錯する様子と秋葉原電気街が眺められる。

ここで写真を撮影していると、通りがかりの人達もつられて写真を撮っていく。

ご老人やカップル、親子連れと様々な人の興味をそそる風景が展開している名所と言っても過言ではない。



こちらは動画。

約10分の聖橋からの眺めを楽しんでください。

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タイ協会のトマソン物件(2)〜神田神保町

以前発見した神田神保町のタイ協会壁面のトマソン物件が、

ちょっと目を離した隙に


塗装

なんかしちゃってた。

コレ


タイ協会20100906

拡大


タイ協会20100906-2

以前はこんなにイカした物件だったものを

タイ協会20100419-2

と思ったのだが、よく見たら奥の二階家の建物が取り壊されているので、


タイ協会20100419-3

そのついでに壁面を塗ったくったと思われるが、2枚目の写真を見てわかるように隣にかつてあった建物に壁面がちょっと抉られていたというか、ピッタリとくっついていたというのが驚いちゃうのであった。

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優美堂のボロボロ富士山看板〜神田小川町

神田小川町の額縁屋の老舗優美堂と言えば、名物の富士山看板で有名なのであるが、その看板が

あまりにもボロボロ

なのでも有名だ。

というより、ボロボロのほうが特に有名と言っても過言ではないと思う。

何故、これほどまでにボロボロなのかというと戦後間もなく作製した看板であるからで、戦後間もなくというからには昭和20年か21年といったところだから、64、5年も風雨に曝されていればこのような状態になるのもさもありなんといったところではないだろうか。

もっとも、このような状態になるまで何故放置していたのかという疑問も浮上し、当然、看板の掛け替えも検討したこともあっただろうが、兎にも角にも、ここまで来たならいっそ朽ち果てていくのを見守っていくのも一興のような気もする。

20090329優美堂

看板の塗装の剥離は著しく、上の「優美堂」と左横の「写真パネル貼」と下の「額縁(縁が木偏)・画専門店」は辛うじて判読できるが、右横は「特許無反   ラ」と「卸小売」以外は何が書かれていたかは不明。

優美堂の看板は戦後この界隈に外国人が多かったから、外国人へのアイキャッチの意味合いで富士山が採用されたらしい。

優美堂20100419-2

優美堂全景。周囲をビルで囲まれたこの小さな店舗は驚いたことに

地下に防空壕

があって、現在は店の倉庫として利用しているという。

優美堂20100419-4

富士山看板だけが注目される優美堂ではあるが、

ニクイホドヤサシイ

というワケのわかんない電話番号も要注目なのである。


大きな地図で見る


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男のワンダーランド〜神田神保町

神田神保町には

男のワンダーランド

があるという。

「あるという」なんていうと人ごとだが、かく言うこの僕も青春の一時期にワンダーランドを訪れる機会が多少(多々?)あった。

この素敵なワンダーランドは「芳賀書店」といい、妙齢の女性の写真集や動画の類の専門店で

男達の身も心も浄化させるアイテム

が揃っていて、男達の過剰なまでのカタルシスの発散に大いに役立つ

青春の殿堂

とも言うべき「聖地」なのである。

しかし、その「聖地」に異変が起きたという情報を得、「いざ、神田」と勇み立って訪れたら、店舗が消失しているではないか!

芳賀書店20100419-2
【神保町交差点近くにあった「ワンダーランド」の跡】

次代を担うべき若き人材の心身浄化システムは崩壊してしまうのか?と日本国の将来に危惧を抱きながら神田神保町の街を彷徨していたら、本店は無事営業中で日本国の将来に灯る灯は僅かながらも赤々と輝いていることを確認。

芳賀書店20100419-1
【無事残っていた芳賀書店本店】

ワンダーランドは縮小されたものの、健在を確認することが出来たのは大きい。今まで存在を知らなかった人も是非この機会に

男のゴールデンタイム

を楽しんじゃって心身浄化に役立ててもらえれば幸いだ。

因みに、上のガラス窓に書いてある文字は差し障りがあるので紹介できないが、「アダルト」とか「ビデオ」とか書いちゃってあるのである。

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時代屋閉店〜神田小川町

歴史関連書籍&グッズ販売店として注目されていた神田小川町の時代屋がいつの間にか閉店していた。

時代屋の公式サイトによると2009年12月31日に店舗移転リニューアルのために閉店と記されているが、未だに何処に移転するかは発表されていない。

ただ、時代屋関連と思われるイベントの告知があるのと、新百合ヶ丘店は営業されているので時代屋自体は存続しているらしい。

時代屋20100419

いつの間にやら空家になっていた時代屋神田小川町店。

時代屋20090329

在りし日の時代屋。看板の「本」の字に尻尾がついていて、一反木綿のようになっていた。

時代屋20070908-1

2階にあったカフェ。時代屋は店員のお姉さんが着物姿で接客していたが、着物姿のお姉さんはカフェの仕事も兼務していた。

ある意味、メイド喫茶ならぬ

町娘喫茶

と言えなくもなかったが、特段、江戸言葉や武家言葉で対応ということはなかった。

時代屋20070908-2

店内の一部。店内全景は他のお客さんがいたので遠慮。いつか暇な時間帯に撮ろうと思っていたがそのままになってしまった。

時代屋20070908-3

カフェにあった目玉オヤジと一反木綿のオブジェ。

看板のデザインといいカフェのオブジェといい、妖怪の歴史も時代屋の守備範囲だったのだろうか?

私の亡くなった祖母は子供の頃に一反木綿のようなものを見たことがあると言っていたが、一反木綿の目撃談は意外と多いので驚く。

時代屋20070908-4

2階のカフェ&グッズコーナーから1階への階段。

グッズコーナーはTシャツやらキーホルダーやら、しまいには何故か麻生さんのクリアファイルまであった。

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タイ協会の国際的(?)なトマソン物件〜神田神保町

神田神保町のとある一角に赤瀬川原平が生みの親の「超芸術トマソン」という「路上観察系アールヌーボー(でいいのかな?)」の一分野「原爆タイプ」のトマソン物件を発見してしまった。

物件は

日本タイ協会

タイ協会20100419-1
【日本タイ協会】

という(タイ協会が入居している?)レトロ感溢れる重厚な建物で、建物の裏側に隣に存在していた建物の痕跡が見事に残っている。

これは、赤瀬川原平言うところの

原寸大の焼き印

といったところで、よく見りゃ上のほうには屋根の形が薄っすら残っている。

タイ協会20100419-2
【原爆タイプのトマソン物件】

なるほど、こういった物件もまだまだ残っているもんなんだなと思って見ていたが、かつてここに存在していた建物の跡地にまた何らかの建物が建つであろうことは明白だ。

とすると、新しい建物が建って何年か経過すると、この「原寸大の焼き印」に更に被せるように新たな「原爆タイプトマソン」が育っていくのではないかと思う。

しかし、建物同士がピッタリと密着していなければ新たな「トマソン」は育っていかないので、ピッタリと密着すればするほど、その生育過程は観察できないということになるのが困ったところなのである。

このトマソン物件は2010年9月に新しい動きがあり。

タイ協会のトマソン物件(2)〜神田神保町

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九段下ビル内部潜入〜神田神保町

神田神保町の外れ、俎板(まないた)橋際に九段下ビルという

1927年(昭和2年)築の

廃墟系の建物
というか、

廃墟同然なのに強引に

使用しているビルがある。

このビルは九段下駅と神保町駅からの至近距離にあり、首都高からもその全貌がよく見えるため存在自体は有名なビルだが、内部の様子はあまり知られていない。

ところが今回、美学校主催のイベント、

「九段下クラシック」Kudanshita Classic

佐藤裕介/鈴木かつ恵/田口亜由美/辻真人/所依利架/鍋田庸男


という展覧会で九段下ビルの内部が一部公開されることになった。

期間は2010年4月16日(金)〜4月18日(日)19時迄の三日間と期間は短いが、

入場料がタダ!

という美学校の皆様方に大いに感謝のイベントなのである。

けっして、大掛かりなイベントではなかったけれど、ビルの存在自体が生かされた展示というか、フランス大使館で開催された「NO MAN`S LAND」をかなり抑制したような雰囲気の展覧会といった印象で、特に「超芸術トマソン」あたりが好きな人におすすめという感じだった。←ポイントがズレてたらゴメンね。

というか、「超芸術トマソン」作者の赤瀬川原平の「トマソン観測センター」のメンバーは美学校の生徒の皆さんだったはず。

九段下ビル20100417-1

俎板橋際にある「九段下ビル」の全貌。外壁落下防止のネットがどんどん増えていって、営業しているテナントも「喫茶カリーナ」と「Bistro Mr.Beans」の二つの店舗だけになってしまった。ひょっとすると、平日は「伊藤眼鏡店」も営業してるのかもしれないが。

ちなみに、首都高からは同潤会アパートの「江戸川アパート」の廃墟も見ることができたが、7年くらい前に解体され新たに「アトラス江戸川アパートメント」として建て替えられている。

九段下ビル20100417-3

九段下ビルの入り口。入り口は右側と中央部と二つあるが、画像の入り口は右側の入り口。

よーく見ると、入り口上の看板が左に微妙に傾いている。

九段下ビル20100417-2

今回、展覧会が開催されたのは三階の一部。入り口の上が階段になっているが、その階段部分の右側の三階の部分。

九段下ビル20100417-4

入り口に貼ってある「九段下クラシック」の案内。

「ご自由」にの御言葉に甘えて潜入を決行し、めったに見ることのできない内部の見学という貴重な体験をさせていただいた。感謝。

九段下ビル20100417-18

入り口内部の暗い空間。1927年築という歴史を感じさせられる。

九段下ビル20100417-17

一階から見上げた階段の様子。

九段下ビル20100417-10

展覧会場3階のエントランス。

九段下ビル20100417-11

展覧会場入り口から中の様子を覗う。

九段下ビル20100417-9

今度は会場内部から入り口を見る。

九段下ビル20100417-12

内部に入ると、一面細かい砂が敷き詰められている。これも展示の一環らしい。

九段下ビル20100417-13

会場に取り付けられていた、シャープ製の古いエアコン(かな?)。当然、使える代物ではなさそう。

九段下ビル20100417-14

展示物の一部の絵画と「号外」。

九段下ビル20100417-15

部屋の窓から望む俎板橋と首都高。

九段下ビル20100417-16

「九段下クラシック」の告知絵葉書と絵葉書が置いてある年代物の机。

机の下には懐かしい黒電話が。

いったい、どこまで展示物なんだかよくわからないが、こういう空間に触れることはとても貴重だと思う。

九段下ビル20100417-5

ビルの裏側に面した部屋と、その表に展開する手摺りのないテラス(かな?)。

九段下ビル20100417-6

砂の山とその上のプレート、壁には6枚のポートレートと一番左に「九段下クラシック」のカード。

おそらく、ポートレートは展覧会を主催した6名のアーティストの方々と思われる。

九段下ビル20100417-7

部屋の外のテラス部分。手摺りがないので非常に恐い。

九段下ビル20100417-8

テラスの際のところから下を覗くと恐怖心で足が竦む。

カメラマン飯村昭彦氏の麻布谷町煙突写真がいかに凄いか身を持って体験←そんなに大げさではない。

九段下ビル20100417-19

表からテラスを見上げるとこのような感じに。

テラスの上には女性の姿が見える。

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千鳥ヶ淵の桜2010/04/03

2日の金曜日に満開となった千鳥ヶ淵の桜。

早速、夜桜見物に向かったもののビールのツマミ選びやヨドバシカメラで時間を食って、たった10分しかライトアップされた景観を楽しめなかったから、翌3日にネチネチと再訪。

しかし、半蔵門側からのコースを散策して桜見物をしていると、九段下側からの人波が凄まじいために、散歩道は九段下側からの一方通行に変更しちゃったと警察からお達しが。

ちょうど、千鳥ヶ淵最大の名所の小さな広場まで来ていたので、

「半蔵門側から来た人間は側道を

歩きやがれ」


なんて乱暴な仕打ちを何とかかわして桜の下の石を椅子代りに座り、おにぎりを頬張る。

千鳥ヶ淵の桜見物の最大の見どころは、

桜と御濠のセット

なのだから、側道を歩いて桜を見ることが出来ても御濠が見えなきゃ、わざわざ来た甲斐がない。

そんなわけだから、小さな広場は食事をする人間でわずかばかりのベンチと石は埋まり、柵沿いは写真撮影する人間が鈴なりとなりごった返して大賑わいとなっていた。

以下、当日の千鳥ヶ淵の画像。

千鳥が淵20100403-1

千鳥が淵20100403-2

千鳥が淵20100403-3

千鳥が淵20100403-4

千鳥が淵20100403-5

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千鳥ヶ淵の夜桜

金曜の夜は土日の連休前ということで、ついつい大雑把な時間の使い方をしてしまうこともある。

しかし、だからと言ってスカイツリーと千鳥ヶ淵の夜桜を一遍に片付けようというのは、あまりにも無計画だったような気がする。

スカイツリーさえ行かなければ、千鳥ヶ淵の夜桜のライトアップが充分に楽しめたのにと返す返すも残念でならない。

千鳥ヶ淵に行く前に、九段下駅近くのコンビニでのろのろと酒のツマミを選んでいたのも致命傷と言えば致命傷のような気もする。

さらに言えば、その前にヨドバシカメラでレンズフィルターを物色していたのも致命傷だったのかもしれない。

という杜撰な計画のせいで、ライトアップを楽しめたのはたったの10分ほどで、暗くなった桜の下でミニ宴会を細々と挙行してすごすごと帰宅の途に就いてしまったわけなのである。

千鳥が淵20100402-1

ライトアップされると、御濠に桜が映し出され幻想的な雰囲気が盛り上がる。

千鳥が淵20100402-2

千鳥ヶ淵はこの日が満開で夜桜の見どころのピークだった。

近くでチューなんかしやがってたカップルはこの後ピークを迎えに行きやがるつもりだったに違いない。けしからん!

千鳥が淵20100402-3

しかし、ライトアップが終わるとご覧のあり様。これはこれなりに幻想的ではあるけれど、ここから先の地点が千鳥ヶ淵最高の見どころで、最初に見たときは天国の光景のようだと感動したことを思い出す。ちなみに天国に行った記憶はない上に、行けるかどうかは定かではない←閻魔大王が手ぐすね引いて待ってるぞ。

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顔のYシャツ〜神田小川町

聖橋方面から南下してきた本郷通りが神田小川町交差点で靖国通りを渡ったすぐ右側に、

巨大な顔がニカーッと笑っている

看板がある。

いったい、この巨大顔面看板は何なのかと言うと、

「顔のYシャツ」

というオーダーワイシャツ専門店の看板だったのである。

「顔のYシャツ」は大正九年創業で、創業者の顔を看板にしたところ評判になったため店名も「顔のYシャツ」に変更したそうだ。

故に、この看板は大切に扱われて、戦災による度重なる焼失を乗り越え、現在も時折り塗り替えて化粧直しをしているらしい。

顔のYシャツ1

道の反対側から見た「顔のYシャツ」。強者揃いの神田近辺で一際異彩を放つ存在なのである。

顔のYシャツ2

店の下から看板を見上げると、より強烈なインパクトと巨大さに

感動とバカバカしさが

絡み合って襲撃してくるのだ。

顔のYシャツ3

11月21日現在半額セール実施中。顧客は全国にいて星野仙一も顧客のひとりにいるという。また、北朝鮮の金日成のYシャツも作ったことがあり、そのYシャツは北朝鮮の博物館で展示されているというから隠れた(隠れてないけど)名店と言っても過言ではなさそうだ。

因みに、この「顔のYシャツ」はイカ天で有名になった「たま」の「まちあわせ」という短い曲にも登場しているので、興味のある人はYouTubeにあった下の動画で確認してください(PCのみ対応)。



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