calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< November 2011 >>

categories

archives





文京区設真砂市場〜春日

都営地下鉄春日駅A2出口の横に小さな市場がある。

市場は「文京区設真砂市場」といって、古びた都営住宅の1階に十店舗くらいで細々と営業しているのだが、創設は大正九年と古く、91年もの長〜い歴史を誇っている。

しかも、ただ無駄に歴史があるというだけではなく、昭和初期には東京一の売り上げを誇る市場だったというから、現在の姿からはとても想像できないような賑わいだったと思われ、敷地も広く店舗も多かったに違いない。

立地的には白山通りと春日通りの交差点北東角で地下鉄の出口すぐ横、さらには交差点斜向かいには文京区役所があるという恵まれた条件を兼ね備えているとは思えないような

寂しい雰囲気が漂っていて、

閉鎖に追い込まれるのは時間の問題のようにも感じられる。

しかし、意外にも現在の市場は積極的な戦略を打ち出し、生き残りを模索した結果、近隣の商店との協力を得て商店街振興組合の設立に至り、文京区を巻き込んで区内共通商品券の発行も視野にいれているというから、最初の印象とは大いに違い、しっかりとした経営感覚を持っているようだ。

真砂市場1

役所と商売という相反するものが激突し、中途半端さが滲み出ている真砂市場の入り口だが、

妙な味わい

が感じられちゃうのが、その道の人には好評のような気がする。

適当なこと言ってすんません。

真砂市場2

入り口は建物正面からちょっと奥まっているので、表からはわかりにくく入りづらいのが難点だ。

しかも、写真左端の地下鉄出口横の今は無きレストランのショーケースがアルミ板で覆われているのが、余計に寂れた印象を与える。

真砂市場3

しかし、中に入ってみると意外に明るく、魚屋、八百屋、肉屋、弁当屋、天ぷら屋、パン屋、酒屋等と食品関係は全部ここで賄えるという便利さが生き残りにプラスした模様。

真砂市場4

市場の奥から表に出てみると、公共施設丸出しの愛想の無い建物がお出迎え。

国鉄時代の昔の駅ビルはこのような感じの外壁のタイルや窓の造りの建物が多かったが、今はあまり残っていないと思われる。

上の高層の建物は真砂市場の上層階の都営文京真砂アパート。

真砂市場5

昭和42年に建てられた都営文京真砂アパートは築44年で、建物としての面白みには欠けるのだが、正面高層部に縦に書かれた「都営文京真砂アパート」の文字が味わいがあってなかなかいい(写真は撮り忘れた、、、)。

JUGEMテーマ:日記・一般



心霊スポット風派出所〜浅草

浅草の浅草寺境内に廃墟系心霊スポット風派出所がある。

廃墟系心霊スポット風派出所は浅草警察署の観音前警備派出所というレッキとした派出所なのだが、どうやら警察官が詰めているのは日中だけらしく、夜は閉じられている。

日中に派出所を眺めてみると、浅草という土地柄にマッチしたレトロ調な趣きも感じられちゃう古びた建物で、二階の窓には格子風の枠と、屋根なんぞには申し訳程度に瓦風な物体なんかが取り付けられちゃった、お役所仕事風な匂い漂う和洋折衷的派出所として鎮座ましましやがっているのである。

観音前派出所20110806-1

「警察官」というよりも、「おまわりさん」というイメージの人が詰めていそうな柔らかい雰囲気の感じられる派出所。

観音前派出所20110806-2

青空を背景にした白い壁の派出所は平和そのもの。

トラブルが発生しても、酔っ払ったおじさんが保護されたりとか、近所の夫婦喧嘩の仲裁くらいで、凶悪な事件とは縁がなさそう。

観音前派出所20110806-3

城下町とか小京都辺りの観光地にあっても違和感のない佇まい。

どこかの観光地ではこの系統の建物のトイレを見かけたような気もする。

観音前派出所20110730

そんな下町人情風派出所も夜に訪れると穏やかな日中とは様相は一変し、おどろおどろした不気味な雰囲気を醸し出して、廃墟系心霊スポット風の佇まいにも見えないこともない。

しかし、画像ではそんな不気味な雰囲気の派出所も、実際の現場はそれなりに人出があるので、チューハイ片手にうろついてるオッサンや、がやがやしたグループや、心理戦を展開しているカップルのおかげで、ピンポイントで派出所を見ない限り「心霊スポット」的な気分を味わえないという難点もあるのであるが、あくまで「廃墟系心霊スポット風派出所」という視点で楽しむことが肝要な気がするのである。

もっとも、浅草寺境内ということを考えれば雰囲気を味わうのもいい加減にしないと罰が当たりそうなので注意に越したことはないだろう。

JUGEMテーマ:日記・一般



本郷館106年の歴史に幕〜本郷

1905年(明治38年)築の

下宿界の雄「本郷館」

が7月いっぱいで取り壊されることとなり、8月1日から解体工事にとりかかるという。

本郷館は木造三階建ての約170室を誇る巨大下宿屋で、東大から至近距離にあることから東大や上野にある芸大の学生が多く寄宿していたが、その中には堂々と学生と同棲していた林芙美子(作家)のような豪傑もいたというからその根性に感嘆してしまう。

そんな名物下宿屋も老朽化著しく、文京区や日本建築協会も尽力した保存運動も所有者の翻意を促すことは叶わず解体の運びとなり、本郷の街の風景から姿を消して、106年という歴史に幕を下ろしてしまうこととなってしまったのである。

本郷館201006201

偉容を誇る三階建ての本郷館。

奥から左方向に逆L字型に建物が延びており、ちょっとした旅館並の規模を誇る。

故にその希少価値から高い評価を得ていて、解体を惜しむ声が非常に多いのである。

本郷館20100704-2

坂の下から見上げる本郷館。

一階の下の土台はレンガが積んである。

レンガ

手前の方には二か所ほど新しいレンガがあり、穴を埋めたもののように思われる。

本郷館20100704-3

長年の風雨に晒された板壁が真っ黒に変色している。

本郷館20100620

2010年6月当時の写真。

立て札には立入禁止と書かれているが、まだ真っ直ぐに立っていた。

一番上の写真はその一月後なのだが、立て札が傾いちゃっている。

坂の途中のパトカーは交通事故の処理で駈けつけていたもの。

赤門20100704

本郷館のすぐそばにある東大赤門。

東大の名に気圧されて、妙な圧迫感を感じちゃうのであるが、

「そのような意味で申し上げたのではない」

とか「トラスト・ミー」のネタで国内外から顰蹙を買いまくっちゃってる上に、痛い嫁(もちろん本人も充分痛い)でお馴染みの某鳩山ユッキーオ前首相の母校と思えば

な〜んだ(フンッ!)

と思えちゃうから不思議である。

ちなみに、この赤門前の本郷通りを本郷三丁目交差点に向かって歩いて行くと右側に「鳩山ビル」っつー細いビルがあるが、ユッキーオの弟で邦夫とかいう仏頂面のオッサンの不肖(推定)の息子の選挙事務所に使われていたことから考えると、オッサンの持ちビルなのであろうと思われる。

JUGEMテーマ:日記・一般


消えた石丸巨大マーク〜秋葉原

石丸電気のイシマルソフト本館のビルは、神田川に面した裏側に石丸電気の巨大マークが描かれていて、中央線の車窓や万世橋からその偉容を望むことができた。

しかし、3月27日のイシマルソフト本館閉店に伴い長年慣れ親しんだ巨大マークが消失の憂き目となり、昭和の秋葉原の思い出がまたひとつ消えてしまったせいか、いつも見慣れた光景も少し沈鬱な風情が漂っているようにも感じられちゃったような気がしたのであった。

石丸20070701

万世橋から望む、2007年7月当時のありし日の石丸電気の巨大マーク。

ここで、石川優子とチャゲの「ふたりの愛ランド」を購入した思い出がある。

石丸20110417-1

3月27日に閉店した後は白いシートで巨大マークを覆い隠していた。

石丸20110417-2

店の前に回ってみるとシャッターが閉められ、

石丸20110417-3

閉店の案内の紙が貼られていた。

石丸20110521-1

その後、5月に訪れてみると、白いペンキで塗り潰されていたが、

石丸20110521-2

良く見ると白いペンキの下にうっすらとマークが透けて見えていた。

正直、昔からの石丸電気のファンとしては、秋葉原ではヨソ者のエディオングループの子会社になってしまった現状を快く思えない気持ちでいっぱいなので、うっすらとでも石丸電気のマークが残っていることに多少なりとも

溜飲が下がる

ような気分が込み上げてくるのは否めなかったのである。

JUGEMテーマ:日記・一般


斎藤明夫風メガネ屋さん〜上野広小路

上野広小路から末広町に向かって中央通りを歩いて行くと、メガネのオジサンがニカーッと笑っている看板が目に入る。

斎藤明夫風メガネ屋

メガネのオジサンの看板は「メガネバスター」というメガネ屋さんの看板で、どう見ても

元大洋の斎藤明夫にしか見えない。

だから、メガネバスターの前を通るたびに心の中で「ああ、斎藤明夫だ」と納得していたのだが、気になってググってみたら、全く関係なかったことが判明。

確かに髪型はちょっと違うなあとは思ってはいたんだけど、こんな風に

ニッカー

という笑顔は斎藤明夫としか思えなかったんだから仕方ないよね?

JUGEMテーマ:日記・一般



| 1/50PAGES | >>